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2011年7月17日日曜日

小細浦の入江


ここは町で一番波静かな入江です。
夏、子供達は安心して泳ぐことができました。
でも今は、彼らの歓声が聞こえません。
随分昔に、遊泳禁止になってしまったのです。

津波を防ぐ為に、湾口に巨大な防波堤ができました。
生活用水が滞留し、大腸菌の数が増えてしまったからです。

海の見える高台の小学校に、プールができました。
海が近くても、海で泳いだことがありません。

3.11に防波堤がどこかに消えてしまいました。
夏、子供達の泳ぐ姿が戻ってくるかも知れません。
町で一番穏やかな入江ですから。

 いつも波静かな小細浦の入江
(正面の山は飛定地山)

※1960年のチリ地震津波では、この湾内の海水が全て引いて海底が露出した。
そこで遊んでいると、大人に「早く上がれ」と注意され、高台に避難する。
暫くすると50cm位の波が湾奥に向かって侵入してきた。
第一波に比べ波は相当減衰していたようだ。
被害は海岸近くの水田が冠水した程度。
その後、水田で海の魚を追い回して遊んだものである。



上京する前に、地元小細浦の入江の様子を見に行く。

陸に引き上げられた船を左手に見上げながら造船場を過ぎると、小さな浜辺(写真右側の人家の手前)がある。そこが地元の水泳スポットであった。大船渡の湾奥を向いたこの入江は、いつも波立つことがない湖面のような静けさである。牡蠣棚(養殖筏)や停泊中の無人の漁船に無断で上がっては、海中に飛び込んで遊んだものである。遊泳禁止になって久しい。
写真で見ると、その浜は地盤沈下で狭くなっている。

3.11では、周辺の家屋や食品加工場が被災した。瓦礫は相当片付き、海岸沿いの加工場は操業再開に向けて準備が進んでいるようである。

大船渡湾口防波堤の消失の前&後

右側防波堤の付け根部分が、末崎町で「トンボロ」と呼ばれる海岸である。
この防波堤は、外洋からの海水の流入を妨げ、水質悪化の元凶となっていた。
以前のような、きれいな海になることを期待したい。
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