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2016年7月18日月曜日

平和憲法改正の愚、歴史的証言からの考察…


 一党独裁政権巨大国家は、国内矛盾が拡大し、いずれは自壊分裂するだろう…と思っている。

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日本の平和憲法を改正し、周辺諸国に警戒感を与えることは、寧ろ相手国政府にシオを与えるとも限らない。自壊するどころか、反日敵対感情が高揚し、巨大大国は一層強大化、凶暴化する恐れがある。

我が国の歴史でもそんな例がある。倒幕に成功したものの、いつ倒れるとも知れぬ明治新政府である。安定化するのは日清戦争前後からのようである。

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日清戦争前後の庶民感情について、生方敏郎(明治15年~昭和44)が、「明治大正見聞史」(大正15年作)で、次のように記している。戦争の前後で、国民感情が如何に豹変するか興味深い証言記録である。

「日清戦争(明治27-28)になるまでの私の周囲はことごとく反明治新政府の空気に満たされていた。」

「沼田地方(群馬県、彼の出身地)の子供の遊び、~平家と官軍になることが大変屈辱と考えていた。」

戦争勃発前は、テロ、反乱、内戦のオンパレード、そして自由民権運動の広まりと、地方には未だ反新政府の空気が充満していたようである。

また、戦争が勃発するまでは…

「私たちはこの戦争(日清戦争のこと)の始まるその日まで、支那人を悪い国民とは思っていなかったし、また支那に対する憎悪というものを少しも我々の心の中に抱いてはいなかった。」

「その時まで、私達が見た物聞いた物まで、支那に敵意を持つか、支那を軽んじたものは、ただの一つもなく、支那は東洋の一大帝国として見られていた。」

と、一般庶民は中国に対して概ね好感を抱いていたのである。

ところが、戦争勃発により一変し、中国に対する国民感情は悪化する。国民の関心は、国内問題から戦争に向かうのは当然。皮肉なことだが、それまで不安定だった明治新政府の基盤が、開戦により愛国心が高揚し、固まったようである。

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その後、戦争、戦争…、そして我が国が辿った運命は皆ご存知の通り…。

日清戦争とは立場は逆になるが、平和憲法を改正して周辺諸国に危機感を植え付けることは、如何に危険なことか認識すべきである。

矛盾をいっぱい抱えた大国はいずれ自壊する。ソビエト連邦然り、東ドイツ然り、ユーゴスラビア然り…。EUもこれに該当か…?!黙ってなるべく刺激しない方が、寧ろ賢明である。


現行憲法の改正は、周辺国の独裁政権にとんでもないシオを贈る世紀の愚行になるとも限らない。

閉塞状況でガタガタの政権にとり、仮想敵国を創りだし、不満を抱えた国民の怒りを外に向けさせるビッグチャンス。日本の改憲に、彼等は内心ニンマリしている筈…。この機に乗じ、芽生えたばかりの民主化勢力を一掃し、独裁を一層強固にするだろう。

先日発生した、世俗派軍人によるクーデターが失敗したトルコを見るがいい。危機に乗じ、現職大統領は、世俗派?官僚・軍人らを捕らえ、イスラム化政策を更に強硬に推し進めようとしている。クーデターの失敗は、結果的に独裁者にシオを贈ったようなものである。

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