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2011年11月7日月曜日

再び神田古本祭

先週の事になってしまうが、神田古本祭りの最終日にまた自転車で出掛けた。前回だけでは回りきれず、また欲しい本が見つからなかったこともあり、再トライしてみる。

80年前のスクラップ記事:

前回の続きで歩き出す。古本屋街の中ほどにパソコン検索サービスがあったので、欲しい本を検索してみた。一軒あったので、きた道を少し戻り、ビル2階のその書店に行き書架を探し回ったのだが見つからなかった。店番に尋ねると、離れた倉庫にあるとのこと。パソコンの在庫品の該当箇所を覗くとぎょっとした。非常に高価だったのである。古本収集の趣味はないので、貴重な初版本である必要はない。購入を断念する。
同じフロアに、内田魯庵の「思い出す人々」があった。分厚く、しかも相当の古本である。紙質は悪く、製本も不揃いなこの本を書棚から取り出してみると、出版が大正14年となっていた。初版本である。当然、関心は「最後の大杉栄」である。その頁を探すとすぐに見つかった。というのは、その章の最初の頁に、新聞の切り抜きが挿入されていたからである。二つ折りになっていた。開いてみると、目のパッチリした和服姿の若い女性の写真が目に入った。誰だろうとその記事を読むと、大杉栄・伊藤野枝夫妻の愛娘、魔子そのひとであった。新聞の発行日は昭和12210日。虐殺事件から14年後、二十歳前後の写真だったのだ。その裏面にはフクちゃんの漫画が掲載されていたので、朝日新聞であろうか。本の持ち主が、この記事を切り抜き、そして挿入していたのに違いない。80年近く前の新聞ではあるが、写真が意外と鮮明であるのに驚いた。古本を探していると、時々こういうことが起きるのは嬉しいので、ブログに報告しておくことにする。

入手の古本:
 「蘆花徳冨健次郎(全三巻)(中野好夫)、「黒い眼と茶色の目」(徳富蘆花)、「同時代の作家たち」(広津和郎)、「父広津和郎」(広津桃子)、「座談会 明治文学史」、「時は過ぎてゆく」(田山花袋)


最大の収穫は「蘆花徳冨健次郎」であろうか。全1400頁にも及ぶ大著であるにも拘わらず、最終日半額セールのお陰で全3巻、450円で入手できた。たまたま著者の娘の回想録を立ち読みし、蘆花評伝について言及されていた。舗道の店舗を見ていると、それと思わしき三巻の本を偶然見つけたのだ。

蘆花と言えば、京王線の芦花公園駅が知られている。徳冨蘆花の作品となると、一般には「不如帰」くらいしか知られていない。今日では、殆ど読まれていない作家の一人であるらしい。しかし、彼の旧居が、さらに周辺の土地が都によって買収され、今日では広大な都立「芦花公園」として整備されているのは尋常のことではない。通俗小説の作家としては、考えられない計らいである。彼の熱烈な信奉者・支援者無しでは、今日の芦花公園は存在し得なかったと思う。戦前、当時の人々に多大な感銘を与えていたに相違ないはずだ。この公園には、彼の旧居「恒春園」だけでなく、地区の共同墓地があり、また蘆花夫妻のお墓もある、実に不思議な都立公園なのだ。
芦花公園の蘆花旧宅「恒春園」

蘆花の作品で、拙者が最初に読んだ小説は「思い出の記」である。旧字が混じり、現代人には読みにくいかも知れないが、実に面白い彼の自伝的長編小説だった。藤村も漱石も登場する以前に書かれた長大な作品である。その後読んだ「不如帰」にくらべ遥かに優れた作品であることは言うまでもない。大正期頃まで、青年に愛読された小説であることを知った。その後、蘆花以降の世代の作家の回想録を読むと、「思い出の記」が時々出てくる。江口渙は13歳でこれを読み小説に興味を持っている。また、その日たまたま大宅壮一の日記を立ち読みしていると、大正6531日に「これまで読んだ中で一番面白かった小説は「思い出の記」」と記していた。大宅壮一18歳の頃である。彼にしてもそうだったのだ。

「黒い眼茶色の目」を見つけたので購入。蘆花の同志社入学時代の恋愛事件をモチーフにした小説である。再来年のNHKの大河ドラマは、新島八重(新島襄の妻)のようである。八重の姪との恋愛に激しく反対され、やけになって同志社を出奔した蘆花が、このドラマにも登場するのであろうか。NHKの大河ドラマは殆ど見ないが、ちょっと興味のあるとこれではある。

前回そして今回と古本を仕込んだので、暫くは楽しめる。

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