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2016年5月29日日曜日

野球ルール改正私案 - フルカウント2ボール・2ストライク制の導入 (但し…)

メジャーリーグで、試合短縮を目指すべく、ストライクゾーンを狭める案があるらしい。
仮にこれが実施されれば、国内にも影響が及ぶであろう。投手にとっては死活問題にもなりかねない。それでなくても、投手には次々と不利な条件が押し付けられている昨今である。

具体的には次の通り。

1. 低反発球が導入されたにもかかわらず、またぞろ元の飛ぶボールに変更…
2. メジャーリーグの球場を真似た、内野ファウルゾーンにエキサイトシートが設けられたこと
3. 最近では、ホームランテラスを設けた(福岡ドーム)ことで、ホームラン数が倍増
 (これは、インチキホームランと言わざるを得ない…)

高校野球は平均2時間前後らしい。一方、プロ野球は3時間17分前後と遥かに長い。レギュラーシーズン中、毎日これを観させられたら堪らない。女性ファンも増え、一野球ファンとして嬉しい限りだが、よりキビキビしたゲーム運びが出来ないものか。そこで考えてみた。

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「フルカウント2ボール・2ストライク制の導入案」 (但し…)


フルカウントが現状3ボール・2ストライク制だが、これを2ボール・2ストライク制に変えてみたらどうだろうか。このままでは投手には不利である。そこで一計、2-2フルカウントで、次の投球で打者がファウルしたら、カウントを1-2に戻すのである。この特例は、フルカウントの時にだけ何度も適用されるものとする。(バレーボールやテニスのデュース制に似ているとも言えよう…。)

これで、ゲームにどのような化学反応が起きるであろうか。

反応1. -
先ず、初球ストライク狙いで投げざるを得ないこと。現在の3-2フルカウント制では、2球目まで平気でボールを投げるケースが少なくない。強打者に対しては、結局そのまま敬遠気味の四球で歩かせることが多い。これは時間のムダである。

反応2. -
2ストライク先行で打者を追い詰めた時に、3球目勝負のケースは稀で、1-2球クセ球で遊ぶことが少なくない。コーチから勝負を急ぐなと強くアドバイスされていることも一因であろう。2-2フルカウント制であれば、このような遊び球も少なくなる。

反応3. -
フルカウントで、打者がファウルすれば、現状のルールでは2-3フルカウントのままである。これでは詰まらない。2-2フルカウント制では、ファウルした打者へのペナルティとして、1-2カウントに戻す特例を設けることで、投手有利な状況に変わる。10球以上も連続ファウルで粘られることは少なくなるであろう。


兎に角、2-2フルカウント制の下では、一球一球の重みが増す。

以上、現状よりムダ球が少なくキビキビした試合運びになることは間違いない。
是非一年間、試験的に実施してもらいたいものである、野球の未来の為にも…。


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他のスポーツでも、ルールを僅かに変更しただけで、随分スピーディになったケースがある。それはサッカー…。

Jリーグが始まる以前、国内においてはマイナースポーツだった。世界で一番人気のスポーツがサッカーと言われていたものの、正直信じられなかった。むしろこれほど詰まらないスポーツはないと思っていたくらいである。如何せん点数が入らない。消極的なパスばっかりで、組織的な連動がみられない。最後はお決まりの、ディフェンダーとゴールキーパー間でボール交換の時間稼ぎ。そしてゲームセット。野球のような最終回のスリリングな攻防は見た記憶がない。サッカーに対して、先ずはそんなイメージだった。

それが、Jリーグが始まると、それまでのイメージが払拭されたのである。その一因は、ゴールキーパーへのバックパスが禁止されたからと思っている。

それまでは、自陣で危なくなるとなにかとゴールキーパーにバックパスで逃れ、ゲームの流れが途切れてしまったものであるが、それが出来ない。当然、攻撃的にならざるを得ない。ゲームがダイナミックに動き出したのである。

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バスケの3ポイントシュートも比較的新しいルールである。以前なら、リング下を固めておけばよかったが、3ポイントシュート制の下ではそういう訳にもいかない。よりダイナミックな守備隊形が求められる。

今、NBAはプレーオフのセミファイナルであるが、BSの深夜帯にもかかわらず、起き観ている。私自身、高校ではバスケ部に所属していた。プレーするのは楽しかったが、人様のプレーを観る点ではそれ程魅力を感じなかった。野球ほどのドラマチックなものを感じなかったからである。

それがNBAのバスケを見て、払拭されたのである。15点リードならおおよそ安全圏であるが、NBAでは一気に追いつかれるケースを何度も目撃している。3ポイントシュートが連続して決められるのは圧巻である。100点ゲームでも、その差数ポイントで勝敗が決することも少なくない。3ポイントシュート制の導入により、ゲームがよりダイナミックに変貌したと思わざるを得ない。

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ストライクゾーンを狭めたり、球場を狭めたりする姑息な手段では、野球はむしろ詰まらなくなる。

むしろ基本的なルール改正、即ち2-2フルカウント制で、よりダイナミックなものにする、というのが当方の提言である。


野球関係者の方に注目してもらえるとよいのだが…。

2016年5月5日木曜日

碁石観光祭、そして地球温暖化…

半世紀前の碁石観光祭の写真が出てきたのでアップする。

碁石の広場周辺 

1959年4月29日(推定)


当時は、毎年4月29日が観光祭(カンコウサイ)の日だった記憶がある。ちょうどその時期は桜が満開で、碁石の広場周辺には桜の木が多く、絶好のお花見スポットになった。

当時は、今ほど桜の木は多くはなかった。例えば、末小グラウンド周辺の桜。当時は幼木だったが、今では斜面の土砂の流出を抑えるべく、地に根をはり逞しく育っているのには驚く。3.11の震災後、想い出アルバムの制作を行った際に皆から写真を提供してもらった。その中に桜の満開の細浦駅の写真があったが、これも意外である。半世紀も経てば、木の幹は相当太くなるようだ。
そういえば、五本松の松林も今では大木になっているが、半世紀前は一部ハゲ山状態で、松は殆どが幼木だった。

木々の成長は、一見ゆっくりしているようでいて、実は早い。畑の中の小道が、耕作放棄されて誰も通らなくなると、知らずに木々が成長し、廃道になっていく。

話を観光祭に戻すが、当時は、定期バスの便はなく、また砂利道で、観光地化されておらず、何時もは静かな景勝地だったが、観光祭の時だけは、今では信じられない位大勢の花見客が殺到したものである。人数は定かではないが、「1万人」といっても大袈裟ではない。その日に限り、臨時バス便が相当繰り出されたもので、細浦駅や大船渡方面からやってきた。途中の停留所から乗ろうとしても既に満員で乗れず、何台目かでやっと乗れる有様だった。碁石の車道脇スペースには、100メール位にわたり、乗用車、三輪車、ジープ、トラック等、様々な車種が横列駐車しているのは、自家用車が一般的でなかった時代だけに、物珍しかった。

桜の木々がまとまってあるところは市内でも珍しく、また景観は抜群。広大な松林や岩場にそれぞれ敷物を敷いて、あちこちで宴会を楽しむ。TVも無い、クルマも一般的ではない、言わば娯楽の少ない時代。家族や職場の仲間でやってきた。当時は若い男女が街場で公然とデートする雰囲気ではなかったので、観光祭は格好のスポットだったようで、アベック(当時はカップルと言わない…)でもやってきたようだ。東北の長い冬が明け、春の到来を一斉に謳歌した。

家族でお花見…

海を見つめるアベック…



現在は「碁石観光祭り」となって続いている。だが、開花時期は相当早くなっているようだ。今年は4月4日に開花宣言されていた。半世紀で、開花時期が2-3週間早まっている。ということは、確実に地球温暖化が進んでいるということか…。

これも何ら不思議ではない。あの頃は、まだ生活様式は戦前に近いものがある。自家用車は普及しておらず、皆結構歩いていた。家庭では、石炭・石油の化石燃料は使用しておらず、薪や炭・練炭が一般的であった。

その後、高度成長期に入り、代々利用されてきた、言わば持続可能な周辺の山々で採取される木質系燃料を捨て去り、海外からの石油、言わば有限資源に依存するようになってしまった。今は皆、移動は自家用車。歩く者はマレである。そして、周辺の山々は荒れるにまかせ、畑は殆どが耕作放棄地に。身近にあった水田も、末崎町においてはほぼ全滅状態…。

僅か半世紀で、桜の木々は大木に成長した。一方、我々の生活様式は、目先の便利さに飛びつき、気づいた時には伝統を捨て去り大転換してしまっていた。今日の大量消費の経済、果たして持続が可能なのであろうか。

開花宣言が3月に出されるのも遠い将来ではなさそうだ…。

2016年4月30日土曜日

山上の集落と麓の祭り

軽量の折り畳み中古自転車を冬場に入手。そのままにしてあったので、GW初日に試乗を兼ねて日帰り輪行することにした。場所は始めから決めていた。小田原近くの小高い山の中腹の集落である。

15年程前の連休初日、ウォーキングでこの集落に偶然立ち寄ったことがある。その時、庭の花々、周辺の新緑、空の青さに、強烈な印象を覚えたものである。そこで同じGWの最終日にも再訪してみた。するとどうだろう、僅か1週間の違いでも季節の移ろい感が漂っていて、ちょっと失望したことがある。行くなら4月29日、と最初から念頭にあった。しかも、麓の中井町では例大祭が同日に行われているので、都合が良い。

この集落は、麓の中井の集落から30-40分程登ったところにある。標高にして200m位だろうか。相模湾、横浜方面、大山・丹沢山塊と、眺望が抜群に良い。かといって、集落周辺は勾配が険しくない。むしろ山腹のテラス状と言ったらよいだろうか、緩やかな平原状の地形になっている。集落はやや窪地になった沢筋にある。これなら、風の吹きさらしや、生活に不可欠な水の心配もない。人里離れた高地であっても、集落が形成されたのは不思議でない。しかも、背後には広大な農地が広がっており、コメ以外は食料の自給も十分可能だ。


当日聞いた話しだが、平家落人伝説があるらしい…。高地でありながら、行ってみるとそんな感じがしない不思議スポットでもある。

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小田急線秦野駅まで輪行。

 秦野の市街地を見下ろす。向かいは丹沢・大山山塊

 目指す山上の古怒田集落…

麓の神社では例大祭
昼時間で、お囃子は休憩中…

 中腹より振り返る。
下の集落は祭の中井町、相模灘も見える。

今は使われていないかつての生活道?を、更に登る。
両側が深くえぐられ、何百年いや1千年?の歴史を感ずる…。


 古怒田集落の入り口…

 花1
 花2
 花3
畑
山上の耕作地、向こうは丹沢・大山 

 菅原神社から集落を望む

 下界から神輿がやって来た…
 主な旧家?を回り、神輿の一団はクルマで下界へ…

 下界に戻り、祭りの人混みの中に…

若手主体の笛・太鼓・かねの囃子を聞きながら
皆さん山車の傍らの路上で宴会?中… 

GW初日、皆帰省され楽しんでおられる様子…。
地元に愛されているお祭でした。


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帰路は、行けるところまで行こうと、カンを頼りにペダルをこぐ。
で、着いたところが鶴巻温泉。

ここもお祭でした。
ハワイアンが聞こえてきます。フクシマのフラガールかな…?

フライドチキンを頼んでいたら、お隣の屋台の可愛い女性からビールも勧められた。

「自転車なので酔っぱらい運転になるね…」と私。

彼女、「じゃー、持って行って下さい」

「いや、むしろアナタを持って行きたい…」

すると一瞬、嬉しそうな笑顔が…。

世の中冗談が通ぜずオヤジギャグと嫌悪されるが、今回はスベらずにすんだ。
若ければ、メルアド交換といきたかったのにね…。

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何時もは、誰とも話すこともなく帰ることが殆ど。今回は珍しく、祭りの地元民、古怒田の女性、そして弦巻温泉と、見知らぬ方と話す機会があった。やはりサイクリングの行動範囲の広さも一因か。

久々の輪行ながら、意外とヘタバラずにすんだ。
これは、自転車の軽さのおかげもあるようだ。

ギヤは3段で、きつい勾配では歩くに限る。急坂でのブレーキの効きもよくなさそうなので、減速して慎重に走る。幾つか不具合な点はあったが、軽いことで駅舎などでの持ち運びが比較的ラクなのは助かる。
また機会をみて輪行するつもりである。








2016年4月26日火曜日

「ゆらぎ」の響き…、バッハ音楽の再発見!!

最近、リュート(ギターに似た古楽器の一種)音楽に魅せられている。
その何が魅力か。洗練され(過ぎ?)た現代の楽器には無い、手作り感覚の音色と言ったらよいだろうか。

枇杷の形をしたこの楽器は、ルネッサンスやバロック期にヨーロッパ中で相当普及したらしい。だが、チェンバロやピアノ等の鍵盤楽器が登場するや、歴史の片隅に忘れ去られてしまった。言ってみれば滅びた恐竜みたいな楽器で、20世紀には博物館でしか見られなくなったという。絵画にもよく描かれているらしい。音量は乏しく、弦が多過ぎて調弦が煩わしく、またメカニック的にも鍵盤楽器のような速弾きは到底望みうるものではない。音楽が高度化(感情爆発的音楽…)し、大ホールでの演奏が前提となると、この古楽器は滅びてしまうのは当然の成り行きであった。

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当方が、文化もヘッタクレもなかった当時のケセンの海辺の町から上京し学生だった頃、バロック音楽がちょっとしたブームだった。クラシック音楽の人気ランキングで、人気のベートーヴェンを抑え、ビバルディの「四季」が常にトップの座にあった。他に、バッハのブランデンブルク協奏曲も入っていたように記憶する。兎に角、イ・ムジチ合奏団の「四季」が人気の定番であったことは間違いない。またこの頃、NHK-FMで、皆川達夫の「バロック音楽の楽しみ」が毎朝放送されていたが、この番組がブームの火付け役だったのかもしれない。

ステレオは高額でLPレコードも2-3000円と、貧乏学生には手が出ない。クラシック音楽をふんだんに聴くには、NHK-FM放送が一番手軽だった。歩いている時、電車に乗っている時、ショルダーバックに入れたトランジスタラジオで、イヤホーンを耳に挿して垂れ流し的に音楽を聴きまくっていた。未だSONYのウォークマンが登場する前の頃である。その時分に、FMから流れてきたビバルディのリュート協奏曲?で一度だけリュートの音を聞いたような気がする。

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あれから40数年。FM放送に代わり、YouTubeが登場。古今の音楽をふんだんに聴けて、誠にありがたいご時世である。

暫く忘れていたキーワード、「リュート」で検索したところ、その演奏サイトが沢山見つかった。ルネッサンス期・バロック期の音楽の研究が一段と進んだようである。また、「日本リュート協会」も設立され、国内で演奏されている愛好家も少なくないようだ。海外で活躍する日本人リュート奏者も結構おられるみたい。中には、音色に魅せられて、ギターからリュートに完全に転向されたプロの演奏家もいた。40年前とは状況が大きく変わっていたのである。

そんな中で、リュートデュオ・カップルの演奏がお気に入りである。特に、バッハの鍵盤楽器用の曲をアレンジした演奏は最高!!

フランス組曲(No.3、BWV814)は、ピアノやチェンバロの演奏でお馴染みであるが、リュートの響きには絶妙の美しさがある。鍵盤楽器にはない、いわゆる「ゆらぎ」の響きにあるのでは…と思っている。注意して聴くと、確かに音は不揃いである。が、ちょうど毛筆の文字のような、流麗な響きがある。指先から音が紡ぎ出されるといった趣である。高度に機械化された鍵盤楽器では到底味わえぬ、古楽器特有の音色のように思える。

フランス組曲No.3のアルマンド(演奏:リュート・デュオ)

オルガン曲のトッカータ(BWV540)も素敵だ。同一のフレーズが、手を変え品を変え次々と繰り出される曲調に圧倒される。バッハの音楽は実にカッコいい、こりゃロックだな…と思ったところ、案の定プロブレ・グループのELP(曲名:The Only Way)でも使われていた。当然、オリジナルのパイプオルガンによる演奏サイトが多い。色々比較して聴いてみたが、大仕掛な音量で迫るオルガンの重厚な響きもドラマチックで良いが、リュート・デュオのアップテンポな素朴で繊細な音色にも魅せられる。ビューティフル、マグニフィセント、ファンタスティック、ブラボ…と賞賛のコメントが多い。それ以外に形容のしようがあろうか…。

トッカータ-BWV540より(演奏:リュート・デュオ)
※お気に入りのパイプオルガンの場合(演奏: ヘルムート・ヴァルヒャ)


当分、リュート・デュオを中心とした「ゆらぎ」のリュート音楽に耳を傾けることになりそうだ。

2016年4月20日水曜日

3.11仮設住宅の再利用 - 熊本震災の被災者支援に…


震度7のあった夜に引き続き、翌日深夜(正確には2日後なんだろうが…)にまたもや地震警報…。熊本の震災には驚いた。

ちょうどその時TVを観ていたが、余震だろうと思った。ところが、何度も地震警報が現れては、震度6と報道される。それが何度繰り返されただろうか。余震にしては揺れが大き過ぎるし、頻発するのには異様に感じた。東京では幸い揺れは全く感じなかった。何時迄も起きている訳にはいかず、ひとまず床についた。

翌朝起きると、こちらの頻発した地震が本震であることを知る。2日前の最も大きな震度7の揺れが前震。この時、被災地は益城町周辺と限定的?だった。本震では、それまで耐えた家屋が倒壊するなど被災地は拡大し、10万を遥かにオーバーする多くの避難生活者を生んでしまったようである。避難所を敬遠し、車上で暮らす人も多いという。一体どれだけ多くの人々が避難しているのだろうか…。3.11震災の記憶が未だ生々しいだけに、身につまされる。

3.11の時は午後の日中であり、周囲の様子をうかがい知ることができたし、本震の揺れは長かったけれども、その後は驚く程の強震は(首都圏で)無かったように記憶している。今回は深夜帯である。強震がこれでもかと何度も襲ってくる。暗闇でいつ倒壊するとも知れぬ家屋の中で、その恐怖は3.11以上に過酷なものだったに違いない。

家屋はもとより生活に必要な道路・水道・電気等のインフラも相当破壊されたようであり、避難生活は長期化しそうである。これだけの規模では、短期にインフラを整備し仮設住宅を用意することは難しいだろう。

そこで思うのだが、3.11後に用意された仮設住宅に一時的に身を寄せてもらうのはどうだろうか。末崎小グラウンドに設けられた仮設住宅しか知らないが、5年も経過すると相当空き室が発生している。正確に数えてはいないが、60-70%位は空きのように感じる。とすれば、被災地全体でも、数万戸の空き室が発生している可能性がある。これらを再利用できないものだろうか。

これから夏季を迎える。熊本は南国であり相当の猛暑であろう。また台風による、土砂崩れや土石流等の二次災害も気がかりである。東北の沿岸地域ならば、太平洋からの南風で夏季は過ごしやすいし、台風も少ない。遠方になるのは気の毒ではあるが、仙台や花巻からの飛行機便もあるだろう。再建の見通しがつくまで、東北に一時的に身を寄せてもらうのはどうだろうか。空き室が増えていく中で、孤立化し疎外感を覚えている仮設住宅居住者も少なく無いだろう。新たな入居者が加われば、交流も生まれる。

田舎の同級生も仮設住宅暮らしをしていたので、帰省した際には何度か訪ねている。知人は奥さんと二人暮らし。サイズはピッタリで、意外と暮らしやすいように感じた。冬場も、寧ろ狭い方が暖房効率も良いだろう。地域によっては、人里離れたところとか日常の買い物にも不自由する劣悪な環境のところもあるようだ。が、全てそういう訳では無い。寧ろ買い物が便利になったところも少なくない。

立根町(大船渡市内)にある家電量販店に行った時、近くにあった大船渡第一中学校(一中)に立ち寄ったことがある。半世紀前の中学生時分、水田の中の砂利道を盛駅から1時間程歩いて来たものだが、今では周辺は一変し、スーパーや量販店が多く、3.11後は市内の最大商業スポットになった感がある。その一中グラウンドが、仮設住宅になっていたのには驚いた。立根は内陸であり、地元民は被災していない。とすれば、大船渡町や赤崎町あたりの沿岸住民が入居した可能性がある。たぶん、今では相当空き室が発生しているだろう。新幹線の水沢江刺駅までも、立根からだとクルマで1時間程度。住むのに便利な仮設住宅を、空き室のままに放置しておくのはもったいない。

全国(世界中)からのボランティアが、3.11後の復興に大きな力となっている。それを認識する地元自治体も暖かく受け入れてくれる筈である。


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仮設住宅の空き室情報参考サイト:

2016年2月時点で、岩手県の空き室は41%となっている。とすれば、末崎町は個人住宅に限っては相当復興が進んでいるということか…。

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末崎町に建設されたモダンな震災公営住宅

仮設住宅からの引っ越しが進んでいる…。

保育園、小・中学校、仮設の医院、歯科医院、BRT駅が周辺にあり、
今後末崎町の中心地区に…。

BRT(JRバス)は、午後の時間帯によっては30分間隔で利用でき、
買い物・通学・通院に便利。クルマ無しでも生活できる。

(写真はシタボさんのブログより拝借)



2016年4月14日木曜日

英国製?の家庭用クランプ式電力計から思ったこと…


スマートメーターに替えられたものの、電力会社から何の案内もない。そこで、ネット上で電力の使用状況が確認できないものかと調べていたら、「でんき家計簿」サービスがあることを知った。そこで、登録しログイン(4.08)と思いきや、「申請中」の表示…。放っておけばいずれアクセスできるだろうと思っていた。すると3日後にメールで、「認証コード」を郵送する旨の案内。そして本日(4.14)、認証コード通知のハガキが届き、やっとデータにアクセスすることでできた。

それにしても、のんびりしたものである、メールなら即返信できるだろうに、3日後なんだから…。初期登録の際には、パスワードのところで引っかかりどうしても先に進まない。「-」を混在させていたので、それを抜いたところ、やっと登録された。ID登録欄には、「使用可能文字 半角数字、半角英字、「$」「&」「-」「_」「@」「.」」と案内されていたのである…。パスワード登録欄には、禁止文字の表記は一切なし。不親切そのものである。

で、やっとデータが見られたのだが、最新のものは「一昨日のデータ」(4.12)であるのには驚く。30分単位の表示で、0.1kWh(最小数値)が主で、昼と夜の炊飯時に0.2-0.3kWh、深夜帯の0、と随分ラフである。どうせこんなものだろうなと予想していたが、全くその通りであった。
一日の消費電力


ただ、年間の消費電力グラフの方は、確かに節電を検討する上で有効である。とは言っても、当方は夏場のエアコンも冬場の電気ストーブも一切使用していないので、年間を通じフラットである。


年間の消費電力

懸案の「外出時のスイッチ切り忘れチック」には全く対応できていない。そこで色々しらべ、何時もよく行くヨドバシカメラで売られている「ecoco 消費電力モニター」を導入することを考えている。同様の製品があちこちで販売されていたが、家庭用のクランプ式電力計ではここが一番安そうである。



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この製品は、どうも基本設計は英国製のようである。さすがである。産業革命以来の伝統があるせいか、新たなニーズに対して抜け目がない。若い時分に特殊装置の輸入販売に携わっていたことがあるが、英・仏・独の欧州三国メーカーが世界を圧倒していた感があった。それは今日でも変わらないようである。当時担当した会社は、従業員100人程度と、日本でいうところの典型的な中小企業だが、中身が違う。そのうち10-20名はPhDドクターで設計と研究開発を担当、他の技術者も大卒者が多かった。工場は田舎の田園地帯にありながら、製品は世界中の研究機関に納入されていた。

兎に角、新たなニーズに対して、柔軟に対応できる土壌がある。特に英国は島国である。彼らのマーケットは、17世紀の「イギリス東インド会社」以来、常に海外にある。欧州大陸しかり、アジア、アメリカ…。

ネット社会になり、益々迅速性と柔軟性が求められる。有望な人材が(組織が硬直化し反応の鈍い)大企業に偏りがちな日本が、今後まともに世界と競合していけるのだろうか疑問である。その一例は、いち早くボーダレスになったパソコンソフト。日常使うソフトは、いつのまにか外国品ばかり。肝心の日本語入力変換機能までもがgoogle製なんだから笑ってしまう…。

自然エネルギーについても欧州では、自然環境条件に従い、国々が個別に対応しているようである。一方、日本はというと、地震大国!?にもかかわらず、相も変わらず原発再稼働(言わば昭和のレトロなテクノロジー)が最優先されているようで、危なっかしい。

そして、TPP。関税撤廃したら、国内企業はそうとう打撃を受けるだろう。50年後は、google、Appleなどのネット企業が、世界のありとあらゆる産業をコントロールしているかもしれない。超優良企業のトヨタ、ホンダだって、一歩誤ればシャープの二の舞いになりかねない。その時は、護送船団を組んでいた周辺企業も散り散りとなり、自ら糧を求めて世界中をさまよっていることだろう。

英国製?家庭用クランプ式電力モニターのことから、あれこれ余計なことが脳裏を錯綜した…。

2016年4月11日月曜日

代々木公園…

今年の花見シーズンは天候不順続き。気づいた時には桜は散り始めていました。

近くの代々木公園なら他にもお花が楽しめるかなと思い、知人が来たので、一緒に散歩してみました。

 新緑も始まっています…

 チューリップや菜の花が沢山咲いていました…


広大な芝生スペースに、シートを敷いて飲食や会話を楽しむ若人達のグループが沢山いました。どこかの有名お花見スポットとは異なり、酔っぱらい客は皆無、ゴミも散らかってはおらず、平和そのもの。マナーが行き届いているのには感心しました。